晩御飯中の座談会、あるいは作家として働くことについて

たとえば、ブリューゲルの「イカロス」だ。

何もかもまったくのんびりして、彼の災難を顧みようともせぬ、

農夫は、ざんぶという墜落の音や絶望の叫びを聞いただろうが、

重大な失敗だとは感じなかった。

太陽も相変わらず、碧の海に消える白い脚を照らしていた。

ぜいたくで優美な船も、驚くべきものを見たのに、

空から落ちる少年を見たに違いないのに、

行くところがあって、静かに航海を続けたのだ。

ーW.H.オーデン、「美術館」 Musée des Beaux Arts

ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel de Oude)の『イカロスの墜落のある風景』です。イカロスがどこにいるか、見つかりました?

オーストラリアで両親と両親の友人と晩ご飯を食べながら、母の女性の友人が、

「だって、なんでそんなイヤな国に行きたいの?」

と私に言った。

「そんなイヤな国」というのは、日本だった。母の友人は日本のことを一般的な批判をするわけではなかった。むしろ、私はその国に憧れているのを批判していたのである。なぜなら、母の友人がこの批判をした前に、私は以下のようなことを言った。

「日本は、他の国よりも、いわゆる「少子高齢」という問題に向き合って、それに対してどのように反応すればいいのか、どのように処理すればいいのかという質問の中には、世界への大事な教訓が収まっていると思う。少子高齢現状だけではなくて、他のいろいろな場でも、世界中には始めて処理させた国として、それとも他の国よりいろいろなことを解く圧力を加えられる国として、日本は、前よりも世界中の人々も向き合っている問題に対して解答を探すとさせている。

「たとえば、日本は少子高齢対策を作るべきだと言う人々の憂える声が日本で毎日毎日上がってきている。私は若者の日本人の家で泊まる度、日本人の一人住みの生活の憂鬱と接する。それはどういうものでしょうかというと、まあ、狭いアパートで一人ぼちでワンカップラーメンを食べながら、「フリーターとパラサイトシングルとほどほど族が日本を滅びさせるひとつの原因」というテレビ特集を見たりする生活だ。一人ぼちで布団に入って、目覚めるとつけっぱなしテレビから「中国が南京虐殺の写真の証を提供すべきだ」や「あなたはもう孤独死の犠牲になった?」という特集の音が流れている。家を出てコンビニのバイトに向かって歩き出すと、どこへ向かっても殺風景な畑、捨てられた農家、だーっと向こうまで列になって横たわっている自動販売機とコンビニという風景と向き合うんだ」

「だって、なんでそんなイヤな国に行きたいの?」

「そんな辛いとしても、私はどうしても日本の負の面にもっと深く理解しようとしたいんで、できれば、そんな寂しさを経験している人々を助けてあげたいと思う」

いうまでもなく、今の会話は東日本大震災と福島原発事故の前だった。

勿論、当時にこのように雄弁に語っていなかった。(そして、この意味では、みんなのわれわれ作家たちは嘘つきだと言えるかもしれない)。単純に自分の気持ちを伝えようとしていた。

パートII:ナンバーワンとしての日本:世界への教訓

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