新しい人よ、目ざめよ

毎日新聞で以下の記事を目に留まった。

特集ワイド:日本よ!悲しみを越えて 国際政治学者・坂本義和さん

 

<この国はどこへ行こうとしているのか>

 ◇グローバルな連帯必要--坂本義和さん(84)

客間に案内されると、白と紅紫のかれんなユリが迎えてくれていた。花瓶の向こうでカーテンが、穏やかな日差しを浴びている。

「今日の閉塞(へいそく)と混迷は、一つの時代の終わりではないですか」。坂本義和さんが静かに語りかけてきた。

「ルネサンスは中世から近代への転換点で、芸術や科学が花開いた時代でした。しかし、それに先立つ中世末期の欧州は、いろいろな点で暗黒の時代だったのです。戦争を繰り返し、(伝染病の)ペストで人口の約3割が亡くなりました」。絶対的存在だったカトリック教会の権威は地に落ち、人々は混迷の世を漂った。そこから生まれたのがルネサンスの運動だった。

「社会が閉塞感に陥る中、教会の権威に頼らず、古典も読み解きながら、自らの感性で新たな生き方を築こうとする市民の意識。それが、あの運動や宗教改革に発展していったのです。それに続いて、主権国家が権威と権力の核をなす時代が始まりました」

そして今。「その国家の権威が世界的に問われている」と坂本さんは言う。

放棄された農業、宮城県、登米市

東日本大震災、東京電力福島第1原発事故からの復興を模索するこの国には、ルネサンスに匹敵する新しい思考が求められているとするなら、それは何なのか--。

「日本という『国家の枠』にとらわれている限り、答えは見つからないでしょう」

人類はいかにして平和に暮らせるかの研究を続けてきた84歳の国際政治学者は、そう言って一つ息を吐いた。

1945年の敗戦は、「国家」と共に生きるという国民のアイデンティティーを一度は葬った。国家への不信感は60年安保闘争でピークに達していた。「ところが自民党は、その後、うまい手を打ちました。当時の池田勇人首相が打ち出した『所得倍増』というスローガン。個人の利益を国が保証してくれるというのですから、国民はそれに乗ったのです」

高度経済成長で暮らしは豊かになった。公共事業や原発立地自治体への交付金は地方を潤わせた。

高度経済成長の後

以上の企業の正面

「マイホーム主義という夢に惑わされ、『国の言うことを聞いていれば損をしない』という信頼感が培われていったのです」。原発ですら地球温暖化阻止に役立つ存在とされた。

だが、福島第1原発事故は国家の権威の疑わしさを明るみに出した。

「電力を大量に使い、消費を楽しむことが幸せだったのか。原発立地自治体への交付金は、都市と過疎地との格差を覆い隠そうとするものではなかったか。原発が環境と豊かさを支えるとは、国家による宣伝だったのではないか……と。すべては幻想だった」

「国策民営」によって形成された原子力ムラを見る目は怒りに燃えている。「事故を『想定外』と言い逃れる科学者の無能、国民に対する無責任、警告を無視して独断を貫いてきた高慢さ、腐敗、そして開き直り……」

そして、こう続ける。

夜の宮城県

「このムラでは、誰もが責任逃れをする。日本では、下の人間が上の責任を問う文化が弱かった。しかし、私たちは仕方がないとあきらめて、国家のうそに再びのまれてしまうほど、もう弱くはないはずです」

「このムラでは、誰もが責任逃れをする。日本では、下の人間が上の責任を問う文化が弱かった。しかし、私たちは仕方がないとあきらめて、国家のうそに再びのまれてしまうほど、もう弱くはないはずです」 ー坂本義和さん

政府は事故原因の究明を待たず、ストレステストによって「安全」担保を確約する。原発を海外に輸出しようとも計画する。当初「40年」とした原発の寿命年数も、複雑なやりとりを経て「最大60年」にすり替えられようとしている。

中国・上海で暮らしていた1932年、満州事変に続く第1次上海事変に4歳で遭遇した。負傷者であふれる病院で、あごを撃ち抜かれた日本兵を目の当たりにしたのが、「戦争」という殺し合いの最初の経験だったという。

「そのとき思ったんです。もちろん、侵略される側の一般市民を悼む思いは深いんです。しかし同時に、戦地に送られ自らの生命も危険にさらされながら相手を『殺せ』と命じられた兵士もまた、国家の被害者ではないのかと」

靖国通り、東京。「そのとき思ったんです。もちろん、侵略される側の一般市民を悼む思いは深いんです。しかし同時に、戦地に送られ自らの生命も危険にさらされながら相手を『殺せ』と命じられた兵士もまた、国家の被害者ではないのかと」 -坂本義和さん

戦後は旧制一高から東京大に進み、研究者となってからは海外の政治家や知識人たちとも交流した。それは坂本さんの国家観、国民観に影響を及ぼした。

「例えば米国では草の根民主主義の意識が強い。『国民』というよりは『市民』。首都ワシントン何するものぞ!の感覚。彼らにとって、上意下達のピラミッド型社会構造は違和感が強いんです」

ならば日本は?

50年代の日本のベストセラー。(仙台の丸善書店で)

「震災を一国家の岐路と見なすべきではない。グローバル化した社会では、日本一国の努力だけで再生するのは難しい。大きく視野を広げた、新ルネサンスとも言うべき思考を持たなければ、日本も世界もますます行き詰まる」

東京で3・11の揺れに見舞われ、庭に飛び出しながら脳裏に浮かんだのは「地球という感覚」だったという。「地球に優しくどころか、災害のない期間は地球『が』優しくしてくれていたんですね」

原発は、その地球全体に影響を与えるものだ。フクシマは、とかく忘れがちになっていた「核の脅威」を再び見せつけた。「原発は極めて人工的な自国中心的な国家プロジェクト。それが制御不能となり、放射性物質は国家の領空・領海を超えて地球をむしばんでしまった」

登米市、米山町

こうした人類の生死に関わる問題に、一つの国家だけで向き合えるのか。「原発に限らず、私たちは『地球』という観点から物事を考える時代に入っている。そのためには、国家に縛られない市民が国境を超えて連帯する。個人の自立、自由という近代思想と共にグローバルな連帯、人類的な絆が求められている。だからこそ日本人もたくましい市民社会を目指すときだと思うんですよ」

市民の連帯--。坂本さんは、今月半ば、横浜に約30カ国の専門家と約1万人の市民が集った「脱原発世界会議」を一例に挙げた。自治体が連携し、国家を突き動かす手段もあるという。

「震災では世界の多くの人々が、犠牲者のために心を痛めてくれました。そうした国家を超えて他者の生命を思う連帯が必要なのです」。日本という「国家」のみを念頭に置いた考えは超えよう、と。

<学徒の魂は真実のない国家よりも、国家のない真実を求める>

戦没学徒の手記「きけわだつみのこえ」の一節に、坂本さんは今も胸を突かれる思いがするという。

「新ルネサンス」とも言うべき新時代に、私たちは進めるだろうか。

登米市

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■人物略歴

 ◇さかもと・よしかず

1927年米ロサンゼルス生まれ。東京大名誉教授。「平和-その現実と認識」で毎日出版文化賞。主な著書に「地球時代に生きる日本」「相対化の時代」「人間と国家」。編著に「核と人間」ほか。

毎日新聞 2012年1月27日 東京夕刊 より

よく登米で見かける光景はだれもいない農家です




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