ギター+女=素晴らしい:ビデオ#3

La Beauté

Je suis belle, ô mortels! comme un rêve de pierre,
Et mon sein, où chacun s’est meurtri tour à tour,
Est fait pour inspirer au poète un amour
Eternel et muet ainsi que la matière.

Je trône dans l’azur comme un sphinx incompris;
J’unis un coeur de neige à la blancheur des cygnes;
Je hais le mouvement qui déplace les lignes,
Et jamais je ne pleure et jamais je ne ris.

Les poètes, devant mes grandes attitudes,
Que j’ai l’air d’emprunter aux plus fiers monuments,
Consumeront leurs jours en d’austères études;

Car j’ai, pour fasciner ces dociles amants,
De purs miroirs qui font toutes choses plus belles:
Mes yeux, mes larges yeux aux clartés éternelles!

— Charles Baudelaire (シャルル・ボードレール)

美の女神

わたしは美だ 石でつむがれた夢だ
わたしの胸に 死すべき者たちはみなつまずく
わたしは詩人らに愛をもたらすためにある
永遠で 物質の如く物言わぬ愛だ

わたしはスフィンクスのように青空に君臨する
わたしは雪の如き心臓を持ち 白鳥のように白い
わたしは線をゆがめる運動を憎む
わたしは決して泣くことなく 笑うこともない

古の巨大な遺跡に似せて形作った
わたしの偉大な像を前にして
詩人らは生涯をかけて研鑽せねばならぬ

従順な恋人たちを魅了するように
わたしはすべてのものが美しく写る鏡を持つ
永遠の輝きに満ちた二つの大きな眼だ

ボードレール「悪の華」より

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村上春樹と100パーセントの女の子

初めてこの村上の短編を読んだのは、(西オーストラリアの)カーテン大学に入学したばかりのことである。ポーランドで生まれオーストラリアで育ったカーミルという同級生が紹介してくれた。カーミルが信じられないほど日本と韓国のポップ文化に夢中であった。今から甦ると、「東アジア文化に対してすこし薄っぺらな興味を持つ人だなー」と感じても、まあ、それは別として、下記の村上の短編を紹介するのに心から感謝する。
実は、ぼくは村上春樹の短編小説をそれほど多く読んでいないが、この短編は心を動かす話だと思う。約六年前に初めて読んでからどっぷり村上春樹にはまっている。
それでは、読んでみましょうか。
『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子と出会うことについて』
四月のある晴れた朝、原宿の裏通りで僕は100パーセントの女の子とすれ違う。 たいして綺麗な女の子ではない。素敵な服を着ているわけでもない。髪の後ろの方には寝ぐせがついたままだし、歳だっておそらくもう三十に近いはずだ。しかし五十メートルも先から僕にはちゃ んとわかっていた。彼女は僕にとっての100パーセントの女の子なのだ。彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は不規則に震え、口の中は 砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。 あるいはあなたには好みの女の子のタイプがあるかもしれない 。例えば足首の細い女の子がいいだとか、やはり目の大きい女の子だなとか、絶対に指の綺麗な女の子だとか、よくわからないけれどゆっくり時間をかけて食事をする女の子にひかれるとか、そんな感じだ。僕にだってもちろんそんな好みはある。レストランで食事をしながら、隣りのテーブルに座った女の子の鼻の形に見とれたりすることもある。 しかし100パーセントの女の子をタイプファイすることなんて誰にもできない。彼女の鼻がどんな格好をしていたかなんて、僕には絶対に思い出せない。いや、鼻があったのかどうかさえうまく思い出せない。僕が今思い出せるのは、彼女はたいして美人じゃなかったということだけである。なんだか不思議なものだ。「昨日100パーセントの女の子と道ですれ違ったんだ」と僕は 誰かに言う。「ふうん」と彼は答える。「美人だったのかい?」「いや、そんなわけじゃないんだ」「じゃあ好みのタイプだったんだな」「それが思い出せないんだ。目がどんな形をしていたかとか、 胸が大きいか小さいかとか、まるで何も覚えていないんだよ」「変なものだな」「変なものだよ」「それで」と彼は退屈そうに言った。「何かしたのかい、声を かけるとか、あとをついていくとかさ」「何もしない」と僕は言った。「ただすれ違っただけさ」
彼女は東から西へ、僕は西から東に向けて歩いていた。とても 気持の良い四月の朝だ。 たとえ一二十分でもいいから彼女と話をしてみたいと僕は思う 。彼女の身の上を聞いてみたいし、僕の身の上を打ちあけてもみたい。そして何よりも、一九八一年の四月のある晴れた朝に、我々が原宿の裏通りですれ違うに至った運命の経緯のようなものを解き明かしてみたいと思う。きっとそこには平和な時代の古い機械のような温かい秘密が充ちているに違いない。 我々はそんな話をしてからどこかで昼食をとり、ウディー・アレンの映画でも観て、ホテルのバーに寄ってカクテルか何かを飲む 。うまくいけば、そのあとで彼女と寝ることになるかもしれない。 可能性が僕の心のドアを叩く。 僕と彼女のあいだの距離はもう十五メートルばかりに近づいて いる。 さて、僕はいったいどんな風に彼女に話しかければいいのだろう? 「こんにちは。ほんの三十分でいいんだけれど僕と話をしてく れませんか?」 馬鹿げてる。まるで保険の勧誘みたいだ。「すみません、このあたりに二十四時間営業のクリーニング屋はありますか?」 これも馬鹿げてる。だいいち僕は洗濯物の袋さえ持ってはいないではないか。 あるいは正直に切り出した方がいいのかもしれない。「こんにちは。あなたは僕にとって100パーセントの女の子なんですよ」
彼女はおそらくそんな科白を信じてはくれないだろう。それにもし信じてくれたとしても、彼女は僕と話なんかしたくないと思うかもしれない。あなたにとって私が100パーセントの女の子だとしても、私にとってあなたは100パーセントの男じゃないのよ、と彼女は 言うかもしれない。そういう事態に陥ったとしたら、きっと僕はおそろしく混乱してしまうに違いない。僕はもう三十二で、結局のと ころ年を取るというのはそういうことなのだ。 花屋の店先で、僕は彼女とすれ違う。温かい小さな空気の塊りが僕の肌に触れる。アスファルトの舗道には水が撒かれていて、あたりにはバラの花の匂いがする。僕は彼女に声をかけることもできない。彼女は白いセーターを着て、まだ切手の貼られていない白い角封筒を右手に持っている。彼女は誰かに手紙を書いたのだ。彼女はひどく眠そうな目をしていたから、あるいは一晩かけてそれを書き上げたのかもしれない。そしてその角封筒の中には彼女についての秘密の全てが収まっているのかもしれない。 何歩か歩いてから振り返った時、彼女の姿は既に人混みの中に消えていた。
もちろん今では、その時彼女に向ってどんな風に話しかけるべ きであったのか、僕にはちゃんとわかっている。しかし何にしても あまりに長い科白だから、きっと上手くはしゃべれなかったに違いない。このように、僕が思いつくことはいつも実用的ではないのだ 。 とにかくその科白は「昔々」で始まり、「悲しい話だと思いませんか」で終わる。
昔々、あるところに少年と少女がいた。少年は十八歳で、少女は十六歳だった。たいしてハンサムな少年でもないし、たいして綺 麗な少女でもない。どこにでもいる孤独で平凡な少年と少女だ。でも彼らは、この世の中のどこかには100パーセント自分にぴったりの少女と少年がいるに違いないと固く信じている。 ある日二人は街角でばったりとめぐり会うことになる。 「驚いたな、僕はずっと君を捜していたんだよ。信じてくれないかもしれないけれど、君は僕にとって100パーセントの女の子なんだよ」と少年は少女に言う。 少女は少年に言う。「あなたこそ私にとって100パーセントの男の子なのよ。何から何まで私の想像していたとおり。まるで夢みたいだわ」 二人は公園のベンチに座り、いつまでも飽きることなく語りつづける。二人はもう孤独ではない。100パーセント相手を求め、100 パーセント相手から求められるということは、なんて素晴らしいことなのだろう。 しかし二人の心をわずかな、ほんのわずかな疑念が横切る。こんなに簡単に夢が実現してしまって良いのだろうか、と。 会話がふと途切れた時、少年がこう言う。 「ねえ、もう一度だけ試してみよう。もし僕たち二人が本当に 100パーセントの恋人同士だったとしたら、いつか必ずどこかでまためぐり会えるに違いない。そしてこの次にめぐり会った時に、やはりお互いが100パーセントだったなら、そこですぐに結婚しよう。いいかい?」 「いいわ」と少女は言った。 そして二人は別れた。 しかし本当のことを言えば、試してみる必要なんて何もなかったのだ。彼らは正真正銘の100パーセントの恋人同士だったのだから 。そしておきまりの運命の波が二人を翻弄することになる。 ある年の冬、二人はその年に流行った悪性のインフルエンザにかかり、何週間も生死の境をさまよった末に、昔の記憶をすっかり 失くしてしまったのだ。彼らが目覚めた時、彼らの頭の中は少年時代のD・H・ロレンスの貯金箱のように空っぽだった。 しかし二人は賢明で我慢強い少年と少女であったから、努力に 努力をかさね、再び新しい知識や感情を身につけ、立派に社会に復帰することができた。彼らはちゃんと地下鉄を乗り換えたり、郵便 局で速達を出したりできるようにもなった。そして75パーセントの恋愛や、85パーセントの恋愛を経験したりもした。 そのように少年は三十二歳になり、少女は三十歳になった。時は驚くべき速度で過ぎ去っていった。 そして四月のある晴れた朝、少年はモーニング・サービスのコ ーヒーを飲むために原宿の裏通りを西から東へと向い、少女は速達用の切手を買うために同じ通りを東から西へと向う。二人は通りのまんなかですれ違う。失われた記憶の微かな光が二人の心を一瞬照 らし出す。 彼女は僕にとっての100パーセントの女の子なんだ。 彼は私にとっての100パーセントの男の子だわ。 しかし彼らの記憶の光は余りにも弱く、彼らのことばは十四年 前ほど澄んではいない。二人はことばもなくすれ違い、そのまま人混みの中へと消えてしまう。 悲しい話だと思いませんか。
僕は彼女にそんな風に切り出してみるべきであったのだ。
村上春樹
『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子と出会うことについて』
(カンガルー日和より)
以上です。では皆さん、楽しんで読みましたか?
あるブログでこの短編についてこう書かれている:
もう何十回読み返したか分からないくらい、
世界で一番好きな短編。
私の宝物のひとつ。

一言で言えば、その通りですね。

さようなら、石原さん、あるいは「日本人が弱くなったのは脳幹が弱くなったからだ。」

http://sankei.jp.msn.comでは石原慎太郎氏についてこう書かれています。

「歯にきぬ着せぬ物言いが特徴だった石原慎太郎氏。その発言は支持を集める一方、物議を醸すことも少なくなかった。「東京から日本を変える」と訴えてきた通り、内容は都政の枠を超え国政や外交にも及んだ。」

このポストにはほとんどすべての内容がhttp://matome.naver.jpから取りました。

ということで、歯にきぬ着せぬ石原の語録を見てみましょう。

女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です(出典ウィキペディア) (「男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、女は閉経してしまったら子供を生む能力はない。そんな人間が、きんさん・ぎんさんの年まで生きてるってのは、地球にとって非常に悪しき弊害」とも発言。
裁判沙汰にもなりましたが、最高裁で石原側の勝訴が確定。)

子供だけじゃなくて、テレビなんかにも同性愛者が平気で出るでしょ。日本は野放図になり過ぎている。出典ヤフーニュース (都青少年健全育成条例改正案の成立を求める要望書をPTAが東京都に提出した際の発言。
この発言を受けてツイッター上で多くのネットユーザーが反発!)

西洋人の柔道ってのは、けだもののけんかみたい。出典石原都知事「西洋人の柔道はけだもののけんか」:社会:スポーツ報知 (2012年8月4日、東京都庁で行われた記者会見での柔道の苦戦についてのことでの回答での一言。いくら個人の感想だと言ったとしても、オリンピックはスポーツを通して各国の交流を深めるイベントである。それを侮辱しているとしか思えない。 都知事という立場であるのに影響力を考えない彼らしいと言えばそれまでだが、ふざけるのも体外にしてほしいものである。)

日本は核を持たなきゃだめですよ。持たない限り一人前には絶対扱われない。世界の国際政治を見てご覧なさい。…………日本が生きていく道は軍事政権をつくること。そうでなければ、日本はどこかの属国になる。徴兵制もやったら良い。出典ANNニュース (2011年6月20日、憲政記念館で行われた国民新党・亀井静香代表主催「日本をどうする!」セミナーでの一言。これは、麻雀の役=核 ととらえているのである。くしくも、この時福島第一原発は終息していない。ただ、この方は忘れているようである。麻雀には「平和(ピンフ)」という役があることを。)

(姜尚中・東大教授について)怪しげな外国人が出てきてね。生意気だ、あいつは (日本オリンピック委員会(JOC)の選定委員会にて、福岡の応援演説をした姜尚中・東大教授について発言。)

日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う 出典時事通信、日本経済新聞ほか (2011年、甚大な大津波被害が多数発生した東北地方太平洋沖地震の発生から3日後に行われた、首都圏連合に関する記者会見において。)

これはね、やっぱりね、世界一の大国の大統領に黒人がなったんでね、アフリカなんぞの黒人国家というのが、親近感を持ってね、そういう票が雪崩をうって動いたりすると、ちょっと厄介ですな (バラク・オバマ氏が米大統領選挙で勝利した際の発言。)出典石原慎太郎の言動録

震度6の地震がきた。ああいう田舎ならいいんです (2007年3月の能登半島地震について発言)

文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァ (松井孝典東京大学名誉教授の話を引用した発言。
一部の女性活動家が提訴した。)

不法入国した多くの“三国人”、外国人が凶悪な犯罪を繰り返しており、大きな災害が起きた時には騒擾(そうじょう)すら想定される (「三国人」は連合国軍占領下の日本において朝鮮・台湾の人を指した言葉。一般的には差別用語として使用するケースが多い。)

これを書いたのはIQが低い人たちでしょう. 1977年、熊本に水俣病視察に訪れた際に、患者らが手渡した抗議文についての発言。(1977年、熊本に水俣病視察に訪れた際に、患者らが手渡した抗議文についての発言。)

日本人が弱くなったのは脳幹が弱くなったからだ。これは医学的にも証明されている (産経新聞のコラムや自らのサイト上で掲載された発言。

※日本人の脳幹が弱くなったという医学的な証明がされた事実はありません。)

出典ウィキペディア

下記は自分で選んだこの「問題発信集」に関するコメントです。

n0wさん:

首都の知事がこんなクズだぜぇ、日本今駄目になっていくのも当然だろう。

山下その者さん:

常に高慢な、、、なぜなのか、このような人物が未だに好かれることは、、、理解しがたい。

xppyzrさん:

内向きで卑屈な日本人を打破してる 唯一の政治家だと思う。このぐらい言えないと外交交渉なんて無理 昔の政治家が立派だったのは言うべき事は言ってたから石原都知事はそれを言動でも行動でも示してくれてる 柔な人に政治家なんて無理ネイバーって韓国ひいきしなくちゃいけない雰囲気が気持ち悪い。

tomotobatiさん:

この石原知事は社会的地位の低い人が理解できないと思う・・・東京の知事をやる前に一度大都市圏ではないどこか、田舎か下級層などのいる県知事でもやって立場や価値観を理解してそれから東京都の知事をしたほうが、今よりもっといい知事になったと思う

jistalkさん:

凄いね、この人、、、何様? バンバン差別用語言いまくっちゃって、アメリカだったらみんなが黙ってないよ、即辞任だね。
お前が天罰くらえつーの!

りゅう3さん:

こんな事言って今までよく無事でいられたなぁ・・・信じられん 南無阿弥陀仏・・

gogo51さん:

災害にあった方々に手向ける言葉が「天罰」、
女性老人に手向ける言葉が「悪しき有害」、
同性愛者に手向ける言葉が「足りない人」、
能登半島地震に手向ける言葉が「田舎なら良い」
この人の目線はどこにあるのでしょうか。
このような人格の人でいいんですか。東京都知事。

makeveさん:

学生さんとかは知らないかも知れないが、こいつ「弟の七光り」なのよ。弟いなかったらとっくに蹴飛ばされてる。「石原?ああ、あのイカレたジジイか」ってね。なにせ前頭葉が退化してるらしいから。今度の都知事選は絶対落としてくれよ。東京のみんな。by山形

水道水の放射能は天罰さん:

石原も問題あるけど、石原に投票した東京都民の方が問題じゃね?つか、都民はこんな人間がトップで恥ずかしくないのかね?wwwww

betrayal0610さん:

なんでこいつがいまだに知事続けてられるのかが理解に苦しむ 核を持てばいいっていうコメント、核持ったら今度は撃とうとか言いそうだしな・・・・過去に1回核が落ちれくれればいい的な発言をしてるわけだし、それに徴兵制もやったらいいとか、戦争する気満々ですね こういう発言が他の国を挑発してることに気づいてほしいな・・・・本当に戦争が起きたらどう責任とってくれるんでしょう

AAAAAAAAAAさん:

この記事のうp主は反日在日です。みんな朝鮮が嫌がってるぞwww石原さんを応援しよう!

zsphereさん:

国を愛して国民を愛さず