すべての男は泣き虫である

男はつらいよ

今日、職員室で昼食を食べながら、昨日の朝日新聞の中で以下の記事を読んだ。ロジャー・パルバースさんは作家、東京工業大世界文明センター長で宮沢賢治の英訳で知られる。著書に「ウラシマ・タロウの死」「もし、日本という国がなかったら」など。

ロジャー・パルバースさんの記事(と昼食)

男から涙奪った帝国主義

「いまでも外国では、日本人は感情を表に出さない、泣かないと思われています。サムライ精神、辛抱、我慢というステレオタイプな見方が残っている。

1967年に初めて日本に来ましたが、サムライ精神とは正反対の、日本文化のウエットさに取りつかれました。大好きな浪花節にも男泣きはよく出てくる。文学でも、太宰治も石川啄木も正岡子規も泣き虫です。

タフガイ?

「男はつらいよ」の寅さんも毎回のように涙ぐむじゃないですか。日本人、特に庶民は、よく泣く男が好きだったんです。

一番印象が強いのは宮沢賢治の涙です。「雨ニモマケズ」の「ヒデリノトキハナミダヲナガシ」という言葉はすごい。相手の不幸にただ同情するのではなく、その悲しみを自分のものとして泣く。日照りの時は水がないから、自分の体から涙という水を絞り出す。自己犠牲の精神が賢治の涙には含まれている。

アメにもマケズ、子供たちにも負けず

僕も、昨年の10月に、震災で壊滅的な被害を受けた岩手県の陸前高田市に行った時は言葉が出ませんでした。ただ泣くしかなかった。あの光景を見て、泣かないほうが不思議です。

海江田万里さんが国会で泣いたことで批判されましたけど、政治家も人間なんだから泣いていい。外国にも公の場で泣いた政治家はいっぱいいる。ベイナー米下院議長は有名なテレビ番組で泣いたし、ヒラリー・クリントン米国務長官は、08年のニューハンプシャー州の大統領予備選で、有権者から質問されて思わず涙を見せ、そして勝ちました。泣いたことで、「彼女もやっぱり人間なんだ」と評判が上がった。アメリカには、一度も涙を見せない政治家は心がないという空気さえありますね。

オーストラリアの元大統領ボブホークもよく泣いた。妻から離婚した時、天安問事件の後にも...

むしろ海江田さんの涙を批判する日本人には、明治以来の精神の屈折のようなものを感じます。江戸時代までの日本人はよく泣きました。でも明治になって、19世紀のイギリス、ビクトリア期の風潮をまねて、男は涙を見せるな、ということになったんじゃないか。

でも、強い男もいる

ビクトリア期の精神は帝国主義とつながっています。大英帝国を維持するために、若い公務員や軍人を植民地に送って困難な生活に耐えさせる。寄宿舎のある学校で、自立を求める。体罰やいじめに耐えられる。泣かない男が理想とされたんです。

本来、日本では男でも泣くのが当然でした。明治になって帝国主義が男から涙を奪った。

その影響がまだ残っていますが、もう男が泣きたいときに泣いてもいいんじゃいないですか。

まあ、いいじゃん?みんなと一緒に泣いても…

「男泣き」は、強さと弱さが組み合わさった日本の国民性の象徴です。泣くには、自分の弱いところを見せる勇気がいる。

その勇気がなければ、男泣きができなければ、男じゃありません。」