崑峯寺への散歩: 写真日記

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小さな旅へ

出かけるとすぐ近くで、登米市の(東日本大震災の被災地以外の)惨状を目にした。故郷の倒産した農業だ。

オーストラリアに帰国してから人々によく言われるのは、「どうでしたか、登米市は?地震こわくなかった?」

実を言えば、私が住んでいたところが受けた被害は経済のグローバル化と長引く不況の影響か、それとも震災のせいか、私にはわからない。

この写真を見ると、あるサイトに載っているポストのタイトルを思い出す。

「戦争中のよう、頑張れとは言うが東北農業はもうだめだと人々は内心思っている」、と。

そこのすぐ近くの丘から見たら、こんな感じ:

崑峯寺の見える農道から、川に沿ってだんだん山を登って行った。

小さなお寺があるところに着くまで。

山を登っていくと、だれかが川のそばに私のほうへ、荷物を積んだ袋を両手に下げて、少し先で歩いていた。向こうから小学生が目に入る。彼の袋の中には、泳いでいる魚の姿がある。私とすれ違ったときに

「こんにちは!」

という元気な声が、道の石ころの上を響き渡って行った。

その声を聞くとどうしようもなく嬉しくなる。なぜだか、それはわたしを呼んでいるように聞こえるんだ。

小学生の相づちに

「こんにちは!」

私は笑い返した。

「奥州涌谷」へ

涌谷町には、奥州三観音の一つ崑峯寺がある。不動尊から少し登っていくと、そのお寺に着く。

白山社

秋の山唄:宮城県民謡

この唄は新民謡で昭和初期の、後藤桃水という方の作とされている。

ハァー 奥州涌谷の箆岳(ののだけ)様はヨー
山子(やまご)繁盛の ハァー守り神ヨー

ハァー 気になる気になる お山の狐
これほど待つのに なぜコンと鳴く

山に木の数 野に萱の数
黄金たんぽぽ はぜの数

木樵山家の 小屋には住めど
まさか木の実は 食べやせぬ

おれと行かねか あの山越えて
縄と鎌持って 木を伐りに

声がよく似た 来るはずないが
わしの心が 迷うたか

よくも似た声 あなたの声は
小杉林の 蝉の声

※はせ=刈り取った稲を掛け乾燥させる施設

この歌を聴くと、歌手の気持ちがこもっていて、「奥州涌谷」への感情を感じるね。

箆岳様とは箆岳山頂(標高226m)にある箆岳神社を唄っている。また、観音堂があり、それは坂上田村麻呂の建立と言われ、山の守り神として知られている。山頂からは南南東20kmには石巻湾を望む事も出来る。「なぜコン」は狐の鳴き声と「何故来ないの」を掛けている。

また、涌谷町のサイトによると、

「この唄は元々、当地方の山林原野で農作業をしながら唄われていたもの。 人々は「秋の山唄」を唄うことにより、箟岳山の山の神に五穀豊穣を祈りました。 これが民謡作詞家の故後藤桃水先生により編曲され、「秋の山唄」として全国の多くの人に愛され、今も唄い継がれています。」

http://www.town.wakuya.miyagi.jp/contents/3kanko/akiyama/akiyama_yurai.htm

以下はお寺の鬼さんです(崑峯寺の仁王さん)。あるブログには、だれかがこう書いています:「なんか東北人ぽい顔してますよねぇ」、と。

皆さんどう思いますか?

「無岳山正福寺」・「無夷山崑峯寺」のすぐ前に立っている「俳句ポスト」という郵便箱があります:

アパートに帰る途中で、このような風景があった:

瀬峰の散歩

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人は冬の心をもたねばならない。
雪でおおわれた松の木々の
枝や 霜を見つめるためには。

また人は永く寒さにさらされねばならない、
氷でケバ立った杜松を見たり、遠く一月の太陽に光る
ザラザラの針モミを見たりして、しかも
風の音や、少しの葉ずれの音に
何のみじめさをも感じないためには。

それは同じ風の吹きまくる
土地につきまとう音だ。
その風は同じく赤裸の場所に吹いている、

聴く人にとっても、彼は雪の中で耳傾ける。
無に等しいその身をもって彼が見るのは
そこにあるだけのもの、そこにある無。

ーウォレス・スティーヴンズ、「雪だるま」

One must have a mind of winter
To regard the frost and the boughs
Of the pine-trees crusted with snow;

And have been cold a long time
To behold the junipers shagged with ice,
The spruces rough in the distant glitter

Of the January sun; and not to think
Of any misery in the sound of the wind,
In the sound of a few leaves,

Which is the sound of the land
Full of the same wind
That is blowing in the same bare place

For the listener, who listens in the snow,
And, nothing himself, beholds
Nothing that is not there and the nothing that is.

ーWallace Stevens, ”The Snow Man”

瀬峰駅へ行く途中で

瀬峰駅がすぐ隣の図書館

国土交通省:美しい日本の敵  

山も谷間もアスファルト

素敵なユートピア

「ユートピア・ソング」

国土交通省の前身、建設省が1957年(昭和32年)に作った歌より

昨日、豊里学校から中田市役所へ行く途中で、恐ろしいほど大きなコンクリート斜面工事(いわゆる防護壁)が目に入った。

もっと写真をァプロードしたいと思いますが、とりあえずこれらをぜひ見てください。

土建国家の象徴として公共工事が地方経済を支えてきたが、欧米に比べると日本はこれに対して10倍もの予算を使っています。

(ここから、スイスやアメリカなどの外国の美しい風景写真と日本の公共工事現場の写真を交互に次々と対比させたいと思います。日本がいかに公共工事によって山河の美しい風景を破壊してきたかを明らかにするように。

山の方ではこのように谷や川や水路をコンクリートの護岸工事や斜面工事で整備して、美しい風景を破壊しています。そして、港湾や海岸にしても同じで、コンクリートのテトラ・ポットや防潮堤の護岸工事で風景を汚しています

もう一つ紹介すると、国土交通省の前身、建設省が1957年(昭和32年)に作った歌に「ユートピア・ソング」(作詞:野村俊夫、作曲:竹岡信幸、歌手:松田トシ、岡本敦郎)がある。これが歌詞です。

風がそよぐよ ドライブウェイ
軽いリズムで どこまでも
歌は流れる リボンはゆれる
山も谷間も アスファルト
ランラン ランラン
ランラランラン ランラン
素敵な ユートピア

可笑しいでしょ? 風景を破壊しているコンクリートを賛美する歌なんて。こんな歌を国が作るんですからね。

土建国家、あるいは老子からの教訓

栗駒の温泉へ

聖人は国を治める時、人の心を虚にして、人の腹を満たし、意思を弱めて、骨を強くし、民を無知無欲にする。そして、知者を敢えて行動しないようにさせる。

ー老子 『道徳経』

日本の政治システムでは、実際の権力行使についてはほとんど隠され、反応であっても人々はあえて口にせず責任は不明瞭なまま手から手へと渡される。しかし、不思議なことにリーダーが不在でも、どうにか「日本株式社会」はスムーズに機能しているのか?

このような問題は、つまり「日本の権力構造の謎」という問題は、『犬と鬼』という本の核である。

以下には、アレックス・カーの『犬と鬼』の最初の二章が載っている。この二章では、カーが「責任がない権力」のひとつの結果を描く:避けられない「土建国家」という日本の現代風景。

日本のユニークなところ

我が御国ハ、天ツ神ノ殊ナル御恵みニ依テ、神ノ御生まれナサレテ、万ノ外国等トハ、天地懸隔ナ違ヒデ、引比べニハナラヌ、結構ナ有難イ国デ、モットモ神国ニ相違ナク、…… 

ー平田篤胤、『古道大意』(一七七六― 一八四三年)

このような現状に対して官僚たちが不安になって採った策は、モニュメントを造ることだった。それも国を破産させるほどの勢いで。そうすることしか思いつかなかったのだ。ここに本書の新しいタイトル『犬と鬼』が生まれたわけがある。中国の古典『韓非子』に出てくる故事で、皇帝が宮廷画家にこう問うた。「描きやすいものは何であるか、また描きにくいものは何であるか」。すると画家はこう答えた。「犬は描きにくく、鬼は描きやすい」と。つまり、私たちのすぐ身近にある、犬のようなおとなしく控えめな存在は、正確にとらえることが難しい。しかし、派手で大げさな想像物である鬼は、誰にだって描けるものだ。現状の諸問題の基本的な解決は地味なだけに難しい。ところが派手なモニュメントにお金をつぎ込むことは簡単なのだ。電線を埋めることより、電柱をブロンズ色で被うことに金を出す。京都市は、莫大な金を費やくして、京都文化をあらゆる角度から否定した新駅舎を造ったが、その中にちゃんと「カルチャー・ゾーン」なるものを設けた。このようなことが数えきれないほど行われているのだ。

地元経済活性化

国破れて山河あり

ー杜甫(唐の詩人)

この建設熱が、小さな山村にどんな影響を及ぼすのか。その実体験として、日本のどこにでもあるようなちょっと奥の山村を訪れてみよう。

七〇年代から三〇年、若者は山を離れて豊かな都会へ出てゆき、地元の農業は衰退した。とはいえ、日本の山には雄大な景観があり、各観にロマン的歴史がある。八十年代は、観光とリゾートで地元経済を復興するまたとないチャンスもあった。しかし、全国ほぼ例外なくそのチャンスを生かせなかった。ふって湧いたように、村に現金があふれたからだ。出所はダムや道路建設である。地元経済活性化のため、土木事業に補助金を出すという国の政策の一環だった。六〇年代に発する建設マネーの大波は山村をも呑み込み、他の産業はあとかたもなく押し流された。今では、山村の人々はそろって建設作業員になっている。

田舎暮らしのイメージと休耕地の真実

外国人だけでなく多くの日本人も、日本の農業の暮らしにはファンタジーを抱いているだろう。車窓から古風な農業を眺めたり、美しい水田の写真を目にすると、田舎暮らしはどんなに長閑だろうと想像せずに入られない。

たぶんこんな感じ:

もしくはこんな感じ:

だが実際に住んでみると、手ひどいショックを受けることになる。農民のトレードマークは、もう蓑と鍬ではない。ヘルメットとセメントシャベルだ。村の婦人たちは、元来、お茶、じゃがいも、とうもろこし、きゅうり、蚕用の桑などを作っていた。現在、その畑は休耕地になっている。彼女たちは毎日ヘルメットをかぶり、小型バンに乗って建設現場へ出かけてゆく。山村の人々に職業を尋ねても無意味である。みんな「土木」で食べているからだ。

現在、その畑は休耕地になっている...

今では、そうした村に流れ込む現金の実に九〇パーセント以上が、道路・ダム建設で落ちる金で、その資金源は主に国土交通、農林水産の二省だ。これではダムと道路工事の中毒症で環境問題を訴える声など上がりようがない。 建設をやめれば村人のほとんどが職を失うため毎日コンクリートを流し続けねば村は死んでしまうのだ。

実に摩訶不思議なことに、これらのダムも道路も、山村にとってはほとんど無用だ。建設をやめると補助金が下がりなくなるだけだ。何十年も無目的な土木作業が続き、今ではどこの山腹を見ても、どこかで土建工事の痕が目に入る。人家から何キロ離れていても、「地滑り被害」は防止しなくてはならない。林業は二十年も前に廃れたのに、まだ建設は続けねばならない。川も小さな支流までほとんど堤防で固められ、無数のダムが水を扱い上げて川は干上がっている。山奥を行き交う車はまばらで、道路を横切って蜘蛛の巣が張っている所さえあるのに、役所は谷の崖に発破をかけ、さらに立派な道路を通そうとしている。こうして、わずかに残っていた美しい山々もコンクリートで覆われてゆく。 

以下のビデオは豊里学校へ行く途中で取った。一分以内に、6つ以上の「工事中」というサインを通り過ぎる (コンクリート防護壁も)。

巨大な福祉国家

山村でこれだから、同じ田舎でももっと交通の使がよい平野ではどうなるか、想像するまでもない。 建設業を支援するため、政治は毎年何十兆円という金をつぎ込み、ダム、砂防工事、水防工事、道路建設などの土木事業を維持している。95年から2007年までの13年間に、予定されている公共事業費は六五十兆円という天文学的な数字だ。おそらく、同時期のアメリカ(面積は日本の二五倍、人口は二倍)の三倍から四倍にはなるだろう。地面を掘り返す方法を考えるだけで、何十という政府関係機関が存在し、公共工事を頼りに、日本は巨大な福祉国家と化した。

瀬峰駅へ行く途中で、私は以下のサインを見掛けた。

どこへ通じるでもない林道,、あるいは官僚の無責任について

旅に病んで

夢は枯れ野を

かけ廻る

―芭蕉 一六九四年

有能という評判は伊達ではなく、日本の各省は予算の確保のはめざましい働きぶりを見せる。99年度予算では、建設予算の総額は六五年度の一三倍になっていた。六五年度と言えば東京オリンピックのあとで、白黒テレビが普通で、田舎の道路はまだほとんど舗装されていなかった時代である。ところが、それから四十年近く経ち、しかもその間にインフラは根本的に変化しているのに、各省が受け取る予算の割合は、いまだにパーセントの端数に至るまで昔とほとんど同じである。相対的なシエアはほとんど変わらなかったわけだ。「役人は予算を使い切るのがうまい。あきれかえるような無駄遣いを実に手際よくやってみせる。あれでは無駄がなくなるわけがない」と国会議員の佐藤謙一郎は言う。

省と省との微妙なバランスを保つ

省と省との微妙なバランスを保つために、予算は使わねばならず、計画は拡大しなければならない。こういう背景があるから、国土を際限なくコンクリートで塗りつぶすという奇怪な状況が生じ、他の国ではとうてい見られない極端な状況、しいて言えば恐ろしいマンガの世界へ入り込んでしまう。マンガの魅力は、この世のものならぬ怪異な風景、終末論的な倒錯した未来図が登場することだ。まさしくそういう世界を、国土交通省はこの現実世界にせっせと築いている。それは、沖縄の無人島に橋が架かり、どこへ通じるでもない林道が無尽に走り、田舎道に巨大な立体交差道路が築かれる世界である。

日本はいまだに「埋める・建てる」という宿命感をわずらっている。「埋める・建てる」とは、巨大で金のかかる人工物は無条件にすばらしいという考え方だ。自然のままの地表をならし、コンクリートで覆うのは「豊かさ」のあらわれであり、「進歩的」で「近代的」な行為だと思われる。たとえば、(どの地方自治体にでもありうる発信だが)富山県知事・中沖豊の言葉に「埋める・建てる」の本音があらわれている。1996年9月、造ってもなんの得もなさそうな農村地域への線路建設を進めて、沖縄知事はこう述べた。「インフラが整えば住民は豊かさを実感できる」。つまり、生活の便利さより、線路の存在そのものが、「豊かさ」ということだ。

95年、鎌倉市民は不意打ちを食わされた。市のシンボルとしても名高い桜の木々を、市が100本以上も伐採する計画を発表したのだ。斜面から石が落ちてくるという住民の苦情で、山の斜面を「地震の際に危険」とし、寺院の土地だったにもかかわらず防護壁を築くためだという。今の日本では、ほんの小さな自然の出来事でも、「鶏を割くに牛刀をもってする」反応をたちどころに引き起こす。台風で砂がバケツ一杯流されただけでも、山のてっぺんから石がひとつ落ちただけでも、それは行政が対処のだーそれも大量のコンクリートを使って。

ユートピア

河川局はそのコンクリート技術を誇りにし、いかに早く大量に、川や湖をコンクリートで覆ってきたか誇示し、これを機関紙に「宮々瀬ダムの場合、一ヶ月間に10万立方メートルのコンクリートを敷設することができた。この記録はダム建設史上第三位になるが、他の記録は週七日労働で達成されたものだ。したがって、週五日労働ではこの記録が第一位ということになる」と掲載している。コンクリートへの夢は実にファンタジー名世界にまで至っている。96年6月、清水建設は月面ホテル計画を明らかにした。特に強調されていたのは、同社が開発した月面上でコンクリートをつくる新技術である。「簡単ではないが、不可能ではない」と宇宙開発室室長の松本信二は言う。「月面でコンクリートをつくる場合、少量なら安くはないが、大量につくれば非常に安くつく」

コンクリート敷設の「テクノロジー」は、日本がみずから大いに誇る現代の新技術にはちがいない。多大の時間とODA予算とを費やして、山をつぶし皮をなだらかにする技術を、日本は東南アジアの役人やエンジニアに教え込んでいる。また国内では、あらゆる山や谷を着々とアスファルトやコンクリートで覆い続けている。次なる目標は、東南アジアや中国に残る自然のままの土地であり、これについてはすでにODAの資金補助で、無数のダムや道路を建設することが決まっている。そして次なる狙いは月面だ。週五日労働で新記録に挑戦しよう!